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慣れない日本での仕事。職員の協力と努力で乗り越える

私はブラジル出身の日系2世で、平成2年に日本に来てからは、主に派遣で製造関係の工場で働いており、その頃夫の母があいあいえすのデイサービスを利用していました。当時働いていた会社でリストラにあい、求人雑誌を見ながら介護の仕事をしてみようかと考えていたところ、夫の母のケアマネをしていたじゃんけんぽんの職員から、ヘルパー2級の講習を紹介され受講しました。資格を取った後、その時利用していた事業所の職員から声をかけられ、じゃんけんぽんに就職することになりました。介護の勉強を始めた時は、漢字の読み書きや熟語の意味の区別もつかず、言葉にとても苦労しました。国府の事業所で働き始めたころは、書き物は全てひらがなで書いていましたが、他の職員の協力の中で自分自身でも努力を重ね、介護福祉士の国家資格取得までに至りました。

「自分が行きたいと思える居場所を自分で作る」

国府で、ある職員に「自分が年を取った時に、ここを利用したいと思いますか?『こんな頼れるところに自分も行きたい、ここなら安心できる』と思える居場所を自分が作らないとダメだよ。」と言われたことがあります。その言葉に共感し、今でも心にとめていることです。仕事をしていれば、もちろん大変な時もありますが、自分の性格として、いつもポジティブに捉えています。自分の、利用者さんへの対応について指摘を受けることもありますが、そういう時は単純に落ち込むだけではなく、自分がそこで何を学び取るかというところに焦点を当てるようにしています。

言葉の壁を知っているからこそ。自分の陽気さが利用者さんのプラスに

利用者さんは寂しい気持ちでいる方も多いので、私を見て安心した表情を見たり、「沢さん!」と気軽に呼んでもらったりするときに信頼関係を実感し、やりがいを感じます。食事中、箸がなかなか進まない方に私なりのストーリーを作って話して、その方だけではなく周りも巻き込んで笑いながら食卓を囲むのも、楽しい時間です。日本に来た頃は文化や言葉の違いに苦労しましたが、今では自分の前向きなところや陽気さが利用者さんにとってプラスになっているように思います。自分の成長がまだまだ足りないと感じることもありますが、持ち前のポジティブ思考で「どうやったら成長できるか?」と問いかけながら、利用者さんのための介護士になりたいと思っています。